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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)1775号 判決 1985年10月30日

控訴人 株式会社 八重洲口会館

右代表者代表取締役 後藤きぬ

同 後藤真

右訴訟代理人弁護士 吉原歓吉

同 高橋一成

被控訴人 後藤康夫

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 篠原由宏

同 岩丸豊紀

主文

原判決を取消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人らは、一次的に、「原判決を取消す。被控訴人らの訴を却下する。」との判決を、二次的に、主文同旨の判決を求めた。被控訴代理人らは控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、以下に付加するほか、原判決事実摘示と同じであり、証拠関係は、原審及び当審の記録中の各書証目録記載のとおりであるから、それぞれここに引用する。

(控訴人)

一  控訴会社の定款一六条によれば、「取締役及び監査役の任期は就任後二年内の最終の決算期に関する定時株主総会の終結のときまでとする。」と規定されている。しかるところ、本件係争定時株主総会(以下「本件総会」という。)において選任された後藤きぬ外五名の取締役並びに後藤獅湊、伊藤ハルの監査役は、いずれも任期満了により退任した(ただし後藤獅湊は昭和五九年九月三日死亡)のに伴い、昭和五九年九月一〇日開催された定時株主総会において、改めて右後藤きぬ外五名が取締役に、大森昌一、伊藤ハルが監査役にそれぞれ選任され、いずれも就任し、その旨同年九月一七日登記手続がなされた。

従って、本件総会決議に基づく取締役及び監査役はもはや現存しないのであるから、本件訴は、訴の利益を欠くに至ったものと解すべきである(最高裁昭和四五年四月二日判決参照)。

二  ところで、本件総会において選任された前記取締役及び監査役は、右任期中誠実に業務を遂行し、控訴会社の第二四期(自昭和五八年七月一日至昭和五九年六月三〇日)の決算においては、各株主に対し年三割の利益配当金を支払い、順調な業績を挙げているものであるから、前記最高裁判決がいうところの、訴の利益を充足させる「特別の事情」は存在しないというべきである。

被控訴人らの主張は、単に会社の被った損害の回復を求めるために取締役らの会社に対する不法行為及び不当利得の責任を追及するためであるというだけであり、具体的な損害ないし責任の主張はないから失当である。

(被控訴人ら)

一 被控訴人らは、本件総会により選任された取締役らの控訴会社に対する不法行為責任及び不当利得責任を追及する前提として本訴を提起しているものである。

すなわち、総会決議取消の訴は形成訴訟であり、決議は取消されない限り有効であるから、取消原因のある決議により選任せられた取締役らに対し、同人が会社より得た報酬を会社に対する不法行為ないし不当利得としてその責任を追及するためには、決議取消の訴によるほかに手段はないのである。

二 さらに、前記取締役ら、殊に後藤好夫は、控訴会社の経営を専断し、役員の妻が同社の従業員でもないのに従業員としての給与を支払っている疑いがあるので、被控訴人らが同社の給与台帳の閲覧を請求したところ、これを拒否したのみならず、昭和五八年度の株主総会から被控訴人らを排除しようとしたり、株主総会において定款変更等につき質問しようとしたところ、これを故意に黙殺するなど、被控訴人の株主権の行使を極力妨害する挙に出ているものである。以上の次第で、被控訴人らは、前記取締役の在任中の行為につき控訴会社の受けた損害を回復することを目的として本訴を提起したものであり、控訴人の指摘する最高裁判決の趣旨からいっても、訴の利益は失われないこと明らかである。

理由

(本案前の主張について)

《証拠省略》によれば、被控訴人らは、昭和五八年一一月一四日控訴会社代表者らに対し、架空の従業員への給与支払の有無に関し、調査の必要があるとして給与台帳の閲覧請求をしたところ、拒否されたのであらためて右閲覧請求の申入れをなす旨の文書を送付したこと、右は不正な給与支払につき取締役の会社に対する責任追及の一環としてなされたものであること、そして、これより先、被控訴人らは、控訴会社において右帳簿閲覧請求を拒否する理由として被控訴人らの所有する株式数が同社の発行済株式総数の一〇分の一以下であること(商法二九三条の六参照)を挙げていることに対抗して、目下、東京地方裁判所に株主権確認請求訴訟(同庁昭和五七年(ワ)第一二〇八一号)を提起していること等の事実を認めることができる。

右認定事実は本訴提起後のことに属するが、右事実に本訴請求の原因その他被控訴人の訴訟上主張するところを併せ考えると、本件総会の決議に基づいて選任された取締役ら役員が原判決の言渡後すべて任期満了により退任し、その後の株主総会の決議によって新たな取締役ら役員が選任され、就任するに至っていることが当事者間に争いないところであるけれども、被控訴人らは、控訴会社の株主たる地位に基づき、会社自体の利益のために、右退任取締役らの在任中における法令ないし定款に違反した行為の責任を追及する行為の一環として、本件総会決議に取消されるべき違法のあることを明らかにすることにより、役員たりうべからざる者が役員として行為したことにより会社に与えた損害の回復、就中さしあたって具体的には、それらの者が役員として得た報酬を、違法な役員選任手続を敢えてすることによって役員たる地位に就き報酬を得た不法行為による損害賠償として、ないしは役員たる地位を遡って否定された者の不当利得の返還として、控訴会社に支払わせることを所期しているものと認められるから、本訴においては、未だ訴の利益が失われないものとすべき特別事情があると解するのが相当である。後述のとおり、本訴が会社の運営に対する相続人間の主導権争いの一面を有し、或いはそれがむしろ重要な動機となっているやに窺われなくもないけれども、少くとも本件取締役会への招集通知を欠いた点において違法を問題とする余地が一応存する本件においては、未だ被控訴人らが右私情、私欲のみから因縁をつけて本訴を提起しているものとまでは断じえず、動機はともあれ、前叙のとおり、株主として会社の利益のために法令に違反する決議の瑕疵を問うものと見うる面も有するといわざるを得ない。

よって、控訴人の本案前の主張は失当であり、これを採用することができない。

(本案の請求について)

一  請求原因1及び2記載の事実並びに同3(一)記載の事実中、本件取締役会の開催にあたり、控訴会社が当時取締役であった被控訴人らに対し、故意に招集通知を発しなかったことは、当事者間に争いがない。

そこで、抗弁1記載の事由(決議の結果に影響を及ぼさないと認めるべき特段の事情)があるかどうかについて判断する。

《証拠省略》に前記当事者間に争いのない事実を総合すると次のような事実を認めることができる。《証拠判断省略》

1  控訴会社は、昭和五一、二年頃までは創立者である後藤捷行のワンマン会社であった(妻きぬは共同代表取締役、息子好夫及び真並びに娘である被控訴人咲子はいずれも取締役、咲子の婿養子である被控訴人康夫は監査役の地位にそれぞれあったが、いずれも殆ど名目的なものであった。)が、同年頃から好夫が同社の実権を握るようになり、昭和五四年八月三一日共同代表取締役に就任してからは、捷行に代って名実ともにその経営を切り廻していたところ、捷行が入院し、余命いくばくもない状態にさしかかった昭和五六年四月半ば頃、同年二月二三日付で突如として自己の代表権が解かれ、被控訴人康夫が取締役に就任した旨の登記がなされている旨聞知し、これを被控訴人らの画策によるものと思い不快としていた。そして、同年四月二五日捷行の死亡を契機として好夫と被控訴人らとの関係は一挙に悪化した。好夫は、亡父捷行の遺志が、母きぬ、真及び自分の三人が控訴会社を守り立てていくこと、他方、熱海市内の株式会社八重州旅館は被控訴人らにおいて経営していくことにあると確信しており、さらに前記の役員人事の変更登記が正規の手続によらないでなされていたのを正すために、同年八月二一日に取締役会、翌二二日に定時株主総会を開催し、右役員人事等を審議しようとしたところ、被控訴人らとの間に意見の対立がはげしく調整できなかったばかりでなく、右総会では被控訴人側が同道した訴外只松祐治らの議案に直接には無関係な長時間にわたる発言により議事が混乱し、流会寸前に立至るという有様であった。そして、その後も両者の関係は改善されることなく推移した。

2  そこで、好夫は、翌昭和五七年七月に至り、同月二八日に開催すべき本件総会(役員改選の議案を含む)の招集を決定すべき本件取締役会の招集については、議案の内容から好夫らと被控訴人らとの間に当然意見の対立が生じ、議事が混乱して収拾のつかなくなるおそれがあるとして、故意に被控訴人両名に対して本件取締役会の招集通知を発せず、意向を同じくするその余の取締役三名(好夫、きぬ、真)が出席した本件取締役会で本件総会の招集を決議した。

以上の認定事実によると、熱海市内で旅館を経営していて、控訴会社については名目的な役員というに近かった被控訴人らが、自分達を無視して控訴会社を意の如く切り廻す好夫らに対して、その独断を排して同社の経営に実質的に参画をしようとの意図のもとに、正規の手続によらないで役員人事の変更登記手続をすすめてみたり、取締役会や株主総会の紛糾を招く等、好夫の経営遂行に支障を来たすことが多かったこと、そして被控訴人らの所為が亡父捷行の遺志に必らずしもそうものとは解されず、被控訴人ら側の言い分にも相応の事由があるにしても、所詮は捷行の実男子である好夫及び真の側と咲子夫婦の側との、相続人間における深刻な主導権争いが継続して現在に至っているものであることが窺われるのである。

ところで、株式会社の取締役会は、会社の業務執行を決し、取締役の職務の執行を監督する制度であり、少数の会議体として全取締役による意見の交換と討議を通じて会議体としての意思を形成する点に制度の本旨がある。しかしながら、前示認定事実のとおり、好夫らと相続人同志で控訴会社の運営につき深刻な主導権争いを続けている被控訴人らが取締役会に参加したところで、会議の紛糾を招くことはあっても、対立関係の明確な各取締役の立場(きぬについても、被控訴人らとの直接応対時の態度はともあれ、結局は実男子である好夫ら側に同調するものであったことは、弁論の全趣旨に徴し明らかである。現に、記録によると、きぬと好夫は住所を共通にしている。)を討議を通じて修正しつつ会議体としての意思を平和裡に形成することは到底期待しうべくもなかったと認められる本件のような場合(まして、本件取締役会の議案は定時株主総会を招集する件である。)は、一部の取締役に対して招集通知もれがあったにしても、その取締役が出席してもなお決議の結果に影響を及ぼさないと認めるべき特段の事情がある場合に当ると解するのが相当である。よって抗弁1の主張は理由がある。

二  次に、被控訴人らに対して本件総会の招集通知が発信されなかったか否かについて検討する。

《証拠省略》によると、小幡伊楚子は、控訴会社に一七年以上勤務し、総務の経理事務を担当する事務員であるところ、昭和五七年七月初め好夫の指示を受けて本件総会招集通知(兼出席票。議案として「取締役・監査役任期満了による改選の件」との記載がある。なお、株主以外の者を同行することはできない旨の付記がある。)を郵便はがきに謄写印刷したものを三通作成し、これらを通知状発信簿にそれぞれ割印したうえ、きぬ及び好夫宛の一通は好夫に直接手渡し、真宛の一通及び被控訴人ら宛の一通、計二通は、それぞれの住所に宛てて、同年七月一〇日所用で東京駅前八重洲通り所在の富士銀行支店に赴いた際、同銀行店舗前にある郵便ポストに投函して発信したこと、なお、控訴会社においては被控訴人ら側の出頭者による会場の混乱を避けるため警備会社に依頼して当日の会場警備に当たらせたことを認めることができる。《証拠判断省略》

三  以上によれば、本件総会の招集手続には瑕疵がないのみならず、右招集につき決定権限を有する取締役会の決議そのものにも、その効力を左右すべき瑕疵がないというべきであるから、被控訴人らの本件総会決議の取消を求める本訴請求は失当として棄却を免れない。

よって、被控訴人らの本訴請求を認容した原判決を取消すこととし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山長 裁判官 山下薫 裁判官浅野正樹は転官につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 横山長)

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